真実は劇薬。

2018年2月18日、マヤ暦に関する新たな情報に触れる機会があって。
まあそれがこの記事のテーマなんだけど。

「劇薬」って、扱うにはそれなりの資質が必要。
受け止める力が無い人には、そもそも理解すら出来ない。

理解出来ない人がレベルが低いとかそういう意味ではなく、その人たちにはその人たちの世界がある。
同じように、わたしはわたしの世界を選びたい。

いくら自分にとって真実で、たとえそれが事実であっても
相手にとって受け入れられないことは相手の真実ではないと思うんだなー。

わたしが最初に「日本でマヤ暦と呼ばれているもの」を學んだのは2016年11月のこと。

モニター様から始まり、経験を積むごとに疑問や違和感が増した。調べてもわからず訊いても納得できる答えは得られず。

でもその時スンナリと教えてもらえたとしても、今ほどのありがたみは感じなかっただろうな。

当時教えてもらった講師・その講師の師匠にあたる方は今でも「あれ」をマヤ暦と呼んでいるだろうが、それはあの方たちにとっての「真実」なのだろう。

そして何より、当時のわたしもそう思っていた。
それまで劣等感でしかなかった自分の個性を認めて好きになる大きなきっかけとなった。
だから、それはそれで、いい。

それよりも。

今回、わたしに「事実」としての資料やお話を提供してくださった方々。
その方々は、自力でそこまで辿り着いた。

巡り合う人や情報は自分の成長度合により変わっていくとはいえ、わたしはまだ「教えてもらった」だけの段階。

何が真実で何が嘘か。それよりも。

たかが教えてもらっただけの段階で知った風に思い上がり、
自力で辿り着いた人々と同じ立ち位置で「正しさ」を啓蒙する。

与えられた「答え」や「ネタ」に【無自覚に】追随し、群がり、乗っかる。

その内容が何であれ、そういう人々は氣持ち悪い。

この感覚には覚えがある。

たかだかその程度の教えられたまんま受け売り知識で、なーーにが「安心安全」だよ。
昔、食のボランティアやってた頃のことだけどね。

それは単に、その集団の中ではわたしがちょっとばかり「物知りさん」で、しかもそれを内心鼻にかけていて、自分が思うようには皆に認めてもらえなかったから。

その後もっと広い世界に出て、色々な人と出会って、今度はわたしが「たかだかその程度」だったと知った。

要はわたしが氣持ち悪い人だったんですね。
その恥ずかしさに氣付いたら変えられるから結果オーライ。

本当に「知っている」人は、知らない(知ろうとしないも含めて)人のことなど、そもそも眼中に無い。

だから、ビジネス的な意図でもない限り、
自分と違う信条に対し”必要以上に”ピーチクパーチクしつこく攻撃せずにはいられない人々は「たいしたことない」と思う。

そして
そこまで辿り着くには、やっぱり色々な世界や人々が必要だと思うのよ。

日本で広まっているマヤ暦の嘘を啓蒙する人
知りつつ見て見ぬフリする人
ウチのは占いじゃない・儲け主義じゃないからマヤ暦セッションやって問題ないと思う人
そんなのデマだと思う人
ガッツリピラミッド構造で儲けまくる「マヤ暦を称する団体」

自分から見てどんなに嘘っぱちでも、需要があるから存在しているわけで。
なのに受け手側に言及する説が少ないのは氣のせいだろうか。
これはマヤ暦に限った話ではなく。

古くからはマルチとか高額ぼったくりセミナーとか、
最近はビットコインとか、
残酷なようだけど、引っかかる人々にはわたしは全く同情できない。

だってさ、
世の中やお金に関する基本的な「仕組み」を知らなくても昔のように安泰に生きられると思っているから。考えて選択することを実質的に放棄しているから。
「わかりやすく手っ取り早い答え」に飛びつくんだよね。

話が飛躍しすぎたけど

自分にとっての「真実」に辿り着くには
自分にとっての「嘘」は必要だと思う。

だからマヤ暦を知る全ての人々の認識を「正したい」とは思わない。

「正したい」という部分に関しては違和感があるから。
人間って、嘘がないと生きていけないよね。
嘘があるから、真実と思えるものの輝きが増す。

それとマヤ暦のことと一緒にするな!と思う人もいるかも知れないが、
「先生」の仰る通りの右ならえでは「逆側の人々」と一緒だと思うから。

現時点でのわたしの立ち位置としては

「現地に伝わるマヤ暦」と

それを元にホゼ・アグエイアス博士が創った
「13の月の暦」と
(現在ある流派とは関係ないオリジナルソースのほう)

「日本でマヤ暦と呼ばれているもの」
とは区別する。

13の月の暦をセッションや鑑定に使ってはならないとホゼ博士自身が言っている(動画がある)。

著作権逃れのために名前を変えて似た内容のセッションなどをするのでは、やってることは「大手」と変わらない。

だから、
今まで提供していたマヤ暦セッション・鑑定は、一切辞める。

納得できる範囲のことしか、したくない。
これは、以前も今も、変わらない。

# by yuusfuru | 2018-02-27 00:51 | 考えていること | Comments(0)

近ごろ特に占いやスピの世界でも言われていることだけど、
今まで同じように似たように見えていた者たちの分離というか。
これまでならゴマかせていたことが、明るみに出て化けの皮が剥がれるケースが目立ってきたり。
昔には無かった環境から新しい繋がりや可能性が創られたり拡がったり。

上っ面の「属性」が、ひと昔前より格段に関係無くなってきた。
ある種の「縛り」が緩んできた集団が増えたのかな?

「パラレルワールド」ってSFとかじゃなく、もうリアルにそんな感じがする。

肉体は同じ空間に居ても
意識は淡水魚と深海魚ほど離れていたり。

物理的に離れた場所に居る者同士が
普段は違う層に棲んでいる者同士が
ネットの仮想空間で海中を上下に移動してバッタリ遭遇するように、
まるでリアルに触れ合ったような感触があったり。

海みたい。

あまり動かない貝とか
チョロチョロ可愛い動きの小魚とか
豪快でダイナミックな大型魚
穏やかなのとか獰猛なのとか
マグロは泳ぎ続けていないと死んじゃうんだっけ?

深海魚が浅瀬を泳ぐ魚に向かって
おまえもオレの棲む深さで暮らせっていうの無理なのに。

人間の世界だと、違う世界の違う価値観を批判したり排除したり、
精神的に引きずり下ろして袋叩きとか。
棲む世界が違うんだから、迷惑行為がない限り放っておけば、尊重できればいいのにね。

綺麗なお水の金魚鉢の中でしか生きられない、
美しい姿を魅せるのが役割のお魚を
いきなり引っ掴んで大海原にぶちまけるようなこと、してないかな。

個々人の好みや思惑なんか遥かに超えた自然界のバランスがあって。
どんなに氣にくわなくても、どんなに悪に見えても、
必要だから存在していて。

だからわざわざエネルギー削ってキーキー攻撃しなくても、
淘汰される時はされるし、
コントロールしようなんて傲慢にも程があるし。

例えばそんなことを考えたりもする。
昔から不思議ちゃん扱いされることが多かったけど、
こうやって書いて改めて読み返すと
確かにワケわからんな。

そういえばわたし魚座だし。あ、関係ないか。
e0364817_21304929.jpg
太陽・月・水星・金星が魚座だし。
ハイハイ関係ないすよねきっと。
なんでも星のせいにするのもアレだしね。

わたしのある日のアタマの中を形にしてみたらこんな風になるという一例でした〜。

# by yuusfuru | 2018-02-19 21:28 | Comments(0)

2016年11月よりマヤ暦を學び始めました。
同12月からブログでマヤ暦に関する発信を始めました。
それから現在に至るまで、マヤ暦に関するわたしのブログ記事をお読みいただいている皆さま。

2017年2月より無料・500円・1000円でモニターをお受けいただいた皆さま。

同8月より正式メニューをお受けいただいた皆さま。

今日この日をもちまして、
有償・無償を問わず、
マヤ暦に関する全てのセッション・鑑定を廃止いたします。

理由は、
経験を積むごとに増していった疑問と違和感の根拠を、今日やっと知ることができたからです。

わたしが今まで「マヤ暦」だと思っていたもの。
誰がその原型をつくり、
日本に持ち込み・拡大し、
どんな経緯で枝分かれして各流派が生まれたのか。

1年半にわたり徹底的に調べ体系化された
泉ウタマロさん

とある流派の体験談をお話くださったMasumi Satoさん

今日、このお二人の座談会に参加してきました。
わたしが半年精一杯調べ尽くしても出てこなかった情報や文献に沢山触れました。

しかしどんなに納得できても、
それらはわたしが調べて得た情報ではありません。

だから必ず検証し、考えた上で自らの答えを見つけ出すプロセスが必要です。
それをするとしないでは説得力が雲泥の差であることを、色々な人との出会いや交流を通して既に知っているからです。

今まで習ってきたマヤ暦が偽物だという意味ではありません。
当時のわたしには必要な経験でした。
それまで劣等感でしかなかった自分の個性を認めて好きになることができました。
それまでの人生を振り返るツールとして活用することができて、前に進む原動力を得られました。

今まで習ってきたマヤ暦を使っている他の人を否定したり批判したりする氣もありません。
そんなことをしても意味がないからです。

多くの人に受け入れられるには、わかりやすく伝える必要があります。
当時のわたしのように、その人が心から納得した上でやるのであれば何の問題もないと思います。

なんでもそうですが、やり続けるうち、それぞれに適した道が開かれていきます。
わたしとあなたとあの人の道が同じであらねばならないなんて、おかしな話ですよね?

現地マヤに無くて「日本式のマヤ暦」に有るものの一例が、
「ウェイブスペル」「銀河の音」

そう。もう根底から違うのです。

それらを使ってセッションや鑑定をやる人は山ほどいる。

でも、
昨日までのわたしのように、その方式をある程度やった上で湧き上がる疑問や違和感に応えられる人は、まだほんのひと握りです。

やる側も受ける側も、自分の望むものを選べばいいと思います。

双方の情報を比較検討した上での結論として。
わたしは、現段階での「ひと握り」のほうへシフトしたいと感じました。

よって、マヤ暦をセッションや鑑定のツールとして使うことは信条に反するので、辞めます。

しかし日本式ではない「マヤ暦」自体を辞めるわけではありません。

今日のところはまだあまり思考の整理がつかず、あまりまとまりの無い文章になってしまいましたが、
まず真っ先に最低限の報告をしたかったのです。

今後も、自分が納得できたことをその都度ブログに綴っていきます。

# by yuusfuru | 2018-02-18 23:49 | セッション・鑑定 | Comments(0)

【2018.3.27追記・えーと正確には”日本でマヤ暦と呼ばれているものを鑑定やセッションに使うこと”を辞めました】

今はそのグループとは関わっていないので、どう言っているのかは知らないが、
わたしが最初にマヤ暦を學んだ講座では当初
「マヤ暦は占いではない」という旨の話があった。

2016年11月〜のこと。

その理由や講座の内容を聴いて、確かにこれは占いとは少し違うなと思った。
「吉凶の概念」そのものが存在しないから。

2017年2月から、モニターさまで経験を積んだ。
4月までの3ヶ月間で60名様ほど。

その頃、人生初の占い鑑定(西洋占星術・四柱推命)を受けた。
(それ以前に講座の講師から受けたマヤ暦セッションは「占い」じゃない、が前提だからね)

占いについて大して知りもしないくせに
「マヤ暦は占いではありません✨」と表現をする事に違和感を覚えた。
凄く傲慢な考えに感じた。
だから、占いではないと書いたり言ったりするのをやめた。

モニターさまの中でも、占いとして捉えている方が多かった。
何故そう感じたかというと、
いただいたご感想の中に「当たっている」というフレーズが入っていることが多かったから。

マヤ暦は「当て物」ではない。
というわたしの捉え方とは違っても、
お客様が占いと捉えるなら、解釈は自由。
そう思って、占い師を名乗ることにした。

最初考えた「本質ナビゲーター」という胡散臭い肩書きよりも
わかりやすい「占い師」の方が自己紹介もラクだし。

こちらはわたしがモニターさま時代に使っていた表。
この表は、講座を受ける前、その講師のセッションを受けた時のもの。
e0364817_23345082.jpg
表の下部分「魂の目的」の部分、市販されているマヤ暦関連の書籍では一冊だけ見つけたが、解釈が全く違った。

なので、講師の師匠にあたる方に根拠を尋ねた。
すると、

「オレ流❣️」

とのこと。
どの流派で學んだのか尋ねたが、具体的な回答は無し。まあ言う言わないは自由だからね。ただ事実を記す。

あまり深掘りし過ぎると「マヤ暦使い」になってしまい、本筋からズレてしまうとのこと。
その「師匠ファミリー」の一派ではあまり深くは追究せず、
あくまで「心のお勉強」的なものにとどまっていた。

まあそれが「間違っている」というわけではなく。
確かに、精神面が未熟なのに「精神世界」を深掘りするのは危険だ。
何の疑問も持たないうちからわざわざ教えてあげる事だとは思わない。

そう。先生から教えられた事を素直に信じられるなら別にいいと思う。

わたしのように、疑問が解決せずモヤモヤする人は他を当たり続ければいい。
それがもし本氣ならば、何かしらのヒントなり突破口なりが得られるものだ。

昨年2月〜モニターさまで勉強させていただいている頃から、市販のマヤ暦書籍は根こそぎ読み漁り、ネットも可能な限り調べつくした。

半年余り悶々としていたが、昨年末あたりから立て続けに、自力では無理だった初耳!目からウロコ!のヒントや機会に巡り合う事が増えてきた。

ここまでの体験を経て、マヤ暦を學び始めた当初とは考えがだいぶ変わってきた。
全ては過程(プロセス)であり、変わったからって以前の考えが間違いだったわけではない。

そんなこんなで、間もなく新しい段階に入る。
どの段階であれ、変わる時というのはいつも楽しくワクワクするものだ(^^)

# by yuusfuru | 2018-02-15 23:29 | マヤ暦解説 | Comments(0)

毎度この時期、インフル関連で活性化してくる
お薬関連のネタ。
日本では、風邪ひいたらお薬飲むのが「フツウ」だと信じている人が圧倒的に多いし、
人は何を好きかより何を嫌いかが一致していたほうが仲良くなれたり結束が固まりやすかったりするんだって。

だから、今はもう周りに迷惑かけることしなければどっちでもいいじゃんと思う。

絶不調アピール@SNS。
これは相手と頻度によってはウザいが、まあ本人好きでやってるならいいし、
いくら構われたくてもコレだけはやめとこっという丁度いい反面教師になる。

今回はわたしじゃなく娘なんだけどね。
先週の水曜日から金曜日までと3連休はさんで、正味6日間。

学校の年間行事予定表に記載されていない、
最もスリリングな「恒例行事」

それが
学・級・閉・鎖
:(;゙゚'ω゚')::(;゙゚'ω゚')::(;゙゚'ω゚'):

例年通り、家族全員めっちゃゲンキだったので余裕ぶっこいておりましたが、なんと娘、

🎉学級閉鎖と同時に発熱🔥🎉
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

いやいや「 o(≧▽≦)o 」じゃねえだろとお思いだろうが
娘とわたし的にはやっぱ「 o(≧▽≦)o 」なんだなこれが。

娘はいま小学校3年生だが、入学以来、病欠ゼロ。
37℃台の発熱は二度あったが、一晩寝たら下がっていた。
入園したての頃は頻繁に発熱して呼び出し食らっていたが、
赤ちゃんの頃から熱には強いのか、38.8℃とかでもパッと見わからないほど超ゲンキな子だった。

ところでワタクシ。
5年ほど前に、生前の養父がやっていた抗ガン剤治療について調べた事をキッカケに

「あ、わたしにはもうお薬要らないかも🎵」

という結論に至って以来、市販薬を含め一切の服薬をやめた。

それ以来、
2014年度→年末年始3日間
2015年度→年末年始3日間
2017年8月→1日間

39℃超の発熱と、上からも下からも一滴残さず出し切らんばかりの超絶体調不良は、この3回きり。

でもね、

現実的にも精神的にも紆余曲折あったが、今はもうお薬大好きな人々を批判する氣はない。

わたしが薬を飲まずに済んだのは、
薬が無くても自力で治せる丈夫な身体だから。
たまたまパートも休みで夫と娘も休みで、寝てていいよ弁当買うし、と夫が言ってくれたから。
休んでも支障ない立場だから。

日本の社会の仕組み自体が、薬でつらい症状抑えてまで働く人がいないと成り立たない現状だと思うし。
そもそもお薬は治すために望んで飲む人もたくさんいるわけだから。

もちろん高熱で危険な症状が出れば対症療法が必要なことも承知している。
自分や娘の身に、幸いにも今までそういうことが無かっただけ。
だからホント何の参考にもならない記事なんだけどさ。
自己治癒力を高めるために
体液と同じ濃度の天日塩水を飲んで、糖分はなるべく避ける。
コレだけだもんなあ。

まあ何にしても、
わたしが薬を飲まないことをキチガイみたく言われるのが嫌だから、わたしも真逆の信条は尊重したい。

学級閉鎖明けの今日、娘は元氣に登校・下校・絶賛通常営業後、ただいま爆睡中。
そしてわたしも夫も絶賛通常営業中。

めでたしめでたし。

# by yuusfuru | 2018-02-13 22:28 | Comments(0)