違いは「目に見えるか見えないか」それだけ。

多くの人々にとっては、エネルギー。ヒーリング。
そういう単語を出しただけで「引く」というか
「自分には関係の無い世界のおとぎ話」のように感じられるかも知れない。

うーーん。
見える見えないってのは、肉体を介するか介さないか、っていうか。
「人間の思考や感情」は表面上カタチにならなくても(=言葉や行動にあらわれなくても)”在る”っていうか。

肉体を介する例としては。
子どもから大人まで、どの現実世界にも蔓延る「いじめ」
吊るし上げられる側からすると、コッチのが余程ミステリー。

え?みんないつの間に結束してんの?
前回の次今日、全然空氣違うし。
は?もしかしてテレパシー??その息合いすぎなチームプレー神業!天晴れ!!

神格化された教祖様や、たった一つの猿山のボス猿なんかよりも、遥かに。遥かに。
比率として数が一番多い者たちが束になってかかってくると、実は最も世の中で力を持つモノとなる。

教祖様は、多くの支持を集めないと商売にならない。
TV等で一世を風靡した精神世界のカリスマたちの多くがやがてオカシナ方向へ行って消えてしまわれるのも、この束になった「世界最強権力」に飲まれちゃうからなんじゃないの?とすら思っている。

集団内で力を持つ者が起こす”風”に、
いち早く反応する「風見鶏ちゃん」
わかりやすく一斉になびく「日和見ちゃん」

その「和やかな輪」から外れた立場を長年味わい続けた者としては、靈とか生き靈とか怨靈とかよりも、
自分らは善良だとムジャキに思い込んでいる「それら」のほうがよっぽど怖いんですけど。

「見えないモノ」っていう括りだと、
人の氣持ちだって同じ。人間関係での駆け引きとか、「みんな」が「フツウ」に、やっていること。

だから逆にわたしは、見えない世界にあまり抵抗が無かったのかも知れない。

「見えない世界」に踏み入って、早1年。
ハートに響けばオールオッケー的な、傍目から見ればいわゆる「キラふわ系」。
まばゆい天の光に見惚れすぎて地に足着いていない人々。リアルにも割と見てきた。

「原理原則を知らずにやる怖さ」を知らない。
世間一般的な意味合いで「情が深い」。被害妄想の塊でボロボロな人を見守ることが出来ず、手を差し伸べずにはいられない。
抱えきれるなら持ち堪えるから好きにすればいいが、知らず知らずのうちに自らのキャパを超えてしまった時がこわい。
日頃から自ら公言していた言葉通り、見事に「受けやすく」身体面に於いて凄まじい「浄化作用」があらわれたようだ。

でも、そんなケースをリアルに見たりきいたりしてきたおかげで、自分の身を守るための技術や方法論を先に學んでおこうと思えるようになった。

わたしはヒーリングを仕事にしようとは思っていなかったし、今でもそれは同じ。
しかしヒーリングの基礎を學ぶ講座は何としても受けたかった。だから受けた。

以前に學んだ「ブライトセッション」も内容的にはヒーリング同然だと後で氣付いたが、まあそれはいい。
後から方法論を知り、基礎を自主練できるまでになる機会を得る事が出来た。結果オーライ。

人により考えは違うだろうし、何も知らんでも感性だけで乗り切れる天才もいるかも知れんし、人それぞれで構わないとは思うが。

わたしは、まず最優先で自分の身を守る術を知っておきたかった。だって下手したら大切な家族にも波及するかもなんだから。

それが、わたしなりの、見えない世界で仕事をしていく上での「決意表明」みたいなものなのかもしれない。

by yuusfuru | 2018-01-19 23:56 | 考えていること | Comments(0)

最初に意識するようになったのは5〜6年前だったかな。
娘の通う園で、「態度教育」
【挨拶・返事・履物を揃える(後片付け)・姿勢を正す(立腰・りつよう)・食事のマナーを身につける】
ってのを提唱する他園の園長先生の講演を聴いた時。

食事を変えて子どもの情緒が落ち着く例もあるという話から、味噌は1年以上熟成したのがいいよと聞いた。

当時行ってた大手スーパーで探したら、すごくたくさん種類があるのに熟成期間の表示があるのはたった1種類。

それから1年ほど後、油・塩・醤油・味醂・酒など、調味料を全て昔ながらの製法で作られたものに取り替え、味噌選びの条件も追加。

2016年4〜9月に聴いた「ナチュラルハーモニー」という自然食を扱う会社の講座を聴いて、それまでよくわからなかった「菌」の違いについて知った。
醤油・味噌の味が格段に美味しかったので天然蔵付き菌のものに替えた。

味噌づくりを始めたのは今シーズンから。

そう。食に関心があるくせに、実は今まで味噌づくりしていなかったのよ。だからわかる。なんかハードル高く感じる気持ち。

味噌は塩分注意?
どんな塩を使うかによる。
塩分摂り過ぎが身体に悪いと言われるようになったのは、いわゆる「精製塩」が普及してから。
海水中の微量ミネラルをほぼ取り除いた塩。
そのミネラルには身体から塩分の排出を促す「カリウム」も含まれている。

減塩味噌は腐敗防止の為に保存料が添加されることが多い。しかもダイレクトに保存料とは表記していないものも。素人目にもイメージ悪いから。

発酵が進んで風味が変わることを、味が違うだのクレームに繋がらないよう、酒精やアルコール添加で発酵を止め、一定の品質を保っているものも。
発酵が止まったら味噌とはちょっと別物になると思うけど。

純粋培養された麹菌は品質が安定していて大量生産に向くから便利。

大手メーカーは「速醸法」という、温度管理などで早く発酵させる技術を使って、安くていつでも大量にお店に並んでるように「企業努力」を怠らない。

大手の特売品などは、醤油は3ヶ月位で出来上がると以前聞いた。
味噌は何と1〜2週間ですって‼️
すごい技術。

早く安くみんなに行き渡ることが必須な時代があった。
戦後の食糧難時代、外国から入ってきた農薬・化学肥料もそう。それでみんな大きくなった。その人たちからわたしたちは生まれた。

だから農薬が悪いとか純粋培養菌なんか氏ねよ的なことを言いたいわけじゃない。
時代の流れで、役割を担っていた。
今は格段に自由に選べるようになった。
昔ながらの方法で作ったものはやっぱり美味しい。

幸いにも娘は、お出汁とお味噌汁大好きな子に育ってくれている。
だから、おかずとか結構テキトーだが、味噌汁だけはずっと手を抜かずに作り続けたいなと思っている。

何でもそうだけど、手抜きしていい所としたくない所をハッキリ決めるのが長続きの秘訣だと思うわ。
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by yuusfuru | 2018-01-14 18:37 | | Comments(0)

願いって、叶ってからが正念場だなあって最近特に思うから。
叶っても、自分がそれを受け取るに値する器を育て切れていないと、身にならないと思うの。
いや正確には、受け取るって決めて器を育てる覚悟・それに伴う行動とか、そんなんかな。

結婚したかった人が結婚出来ればそれで幸せなの?
子どもが欲しかった人に子どもが出来れば幸せなの?

確かに幸せっちゃー幸せだけど、それはあくまでスタートライン。

お金が今よりたくさん手に入れば幸せか?ってのもそう。
以前の職場で、若い頃、宝くじで数千万円当たって人生狂った50代男性の話をリアルに聞いたことがある。

願いが叶うってことはある意味、自分が「見えない世界」から試されることでもあるんじゃないか?

あと、昔から神社に関心が無いものだから、いざ行くとなればメジャーどころの神社ばかり。それ以外知らない。
そういう神社は大抵混み合っている。
人混みが嫌いなわたしにはキツい。

しかしここ1年ほど「見えない世界」を解っている人々と知り合う機会が増え、神社に関するSNS投稿をたくさん見かけるようになり、気にはなっていた。

見えないし感じないけど、あるものはあるんだ。
いや、感じないってのも最近あやしくなってきた。

神社に呼ばれるって何だ?ピンときたらそれが合う神社だよ、って?ええぇぇぇーー❓❓❓
謎だらけだった。昨年、神社好きの知人から誘われた時はなんか気が進まず、まあ時期が来たらきっと気が向くこともあるでしょうとそれっきりになっていた。

で、昨日。2018年1月11日。
友達の紹介で知り合った方に連れて行っていただいた、5年以上振りの神社。
わあ❗️人混みが無い❤️
メジャーどころの神社と全く雰囲気が違うのは混んでないせい?いやそれだけじゃない気がするんだよなあ。
神社の他にもお寺とか絶景スポットとか、詳しい人しか知らないような場所をたくさん、初めて見た。
どれも好き。空気が違う。心地好かった。
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願い事は、しなかった。
叶った事を受け取る器の準備が、まだ出来ていないと解っている。昨年、痛感した。
要は、やること目一杯やり切ったとはまだ言えない状態なんだよわたしは。

だから、
参拝させていただきありがとうございます。
と心の中で言ってきた。
また行きたいと思える神社が出来た。
わたしは神社が嫌いなのではなく人混みが嫌いなだけだったのかもな、と思った。

ああよかったなあ。また行こうっと😊❤️

by yuusfuru | 2018-01-12 00:48 | 考えていること | Comments(0)

てっきりあんな風に感極まって泣いたりとかするんだと思ってた。

が、
感極まって涙ぐんだのは、立ち会った夫だけ。

かぁぁぁーーー‼️
やっと出たぜ✨っしゃああぁぁ🔥🔥
涙など一滴も出ず、ただひたすら爽快感!達成感!

オムツメーカーのサイトをググったところ、
おしるし→陣痛→破水、の順番が最も多く、全体の37.8%らしい。
破水したら即入院しなきゃなんなくて、
わたしは先に破水して陣痛がなかなか強くならなくて。
産むまで13時間位かかった。と母子手帳には書いてあったけど、入院してから出産までは確か26時間位。

入院したのは午後だから、病院で一晩越した。
陣痛よりも、分娩台上がってからよりも、あの晩、数時間おきに子宮口の開き具合をチェックする「内診」が一番痛くて耐え難かったわ。

よく、出産の痛みなんて忘れちゃうとか何人も産んでるママ達は言うけどさ、
マジでマジで尊敬する。

ぜってー忘れらんねー。あの内診の苦痛。

一向に陣痛が強まらず、ついに陣痛促進剤を打ちましょうっつーことになった。
促進剤についてはネットで調べて、やだな怖いなと思ってた。
そしたらやはり。打って間もなく不自然なほどの圧迫感が。

出したい。もう一刻も早く出したい。
え?まだまだいきんじゃダメだなんてそんなー(爆泣)

夫と実母が来てくれたんだが、
脂汗流してヒーフー苦しんでるわたしを見てアッケラカンと笑いやがった実母。

はぁ⁉️∑(゚Д゚)💢⚡️なに笑ってんの?
何しに来たの⁉️てめえ帰れ‼️今すぐ帰れーーー💢💢🔥🔥
ブチ切れるワタクシをなだめる夫。ヘラヘラしながらヨユーの実母。

まあそれでも分娩台上がってからは早かったからそこはラクだったよ。
ぐおぉぉぉお🔥🔥🔥って3回くらいやったらポーーンと出てきたしぃ🎉
人によっては分娩台上がってからとか産んでからの方が痛くて大変らしい。

でもしかし自分が経験してみて予想外だったので、世の母親たちに一度訊いてみたいねえ。
やっぱフツー感極まったりするもんスかね❓
わたし普段から絵に描いたようなお涙ちょうだいドラマや映画が大嫌いだからかしらね。

一滴の涙も出なかった。
感動というよりは、むしろひと仕事終えた達成感と爽快感。
ああ、十月十日我慢してた酒ソッコー呑みてえ。

でもまあ感極まっても極まんなくても、
無事に産まれてきてくれた有り難さは皆同じ。

そんな経緯で産まれてきた娘も今日で9歳。
早いなー。ほんと早い。
真っ直ぐ健やかに育ってくれて嬉しい。

by yuusfuru | 2018-01-08 23:39 | 考えていること | Comments(0)

夫はフルノ家の長男様。結婚前にこの言葉を聞いた時は、いちおう腹くくったもんです。

そこまで実家に愛着を持っているということは、土地と家と人に守られて真っ当に成長した証というか。
わたしには無い「根っこ」的なものを凄くしっかり張ってる感じが頼もしくて好きだなあって思ったから。

あれから11年。あと10年か…と思い出して訊いてみた半年前の夏の日。
65歳になったら富山帰るんだよね?と。

が。

『え?帰るわけないじゃん』

はァ⁉️( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)⁉️⁉️
ちょうど暮れから帰省してて思い出したもんで、半年越しに訊いてみた。
あのさ、結婚前のアータの言葉、アタシ割と真に受けてたんすけど。

すると。

『あの時は、親父がこんな早く逝くなんて思わなかった。誰も居ない実家に戻るのなんか嫌だよ』

ああなるほど。納得。
夫のお父さんは2014年に亡くなり、お母さんは要介護状態で施設入所中。富山の家は空っぽ。
そうか、そうだよね。

わたしの実家は昨年、無くなってしまった。
2013年に養父が、2017年に実母が亡くなった。
実父は1985年に亡くなっている。
わたしと妹は嫁ぎ、弟は墓は継ぐが実家には移り住めない事情がある。

空っぽなのに結構な費用をかけて修繕し維持しているのも、いずれ戻りたいわけではなかったと( ゚д゚)。
『おふくろが世話になってるうちは嫌とは言えない』
なーるーほーどーー。

いつかの法事の席で、空けとくよりは誰かに貸すとか話も出たけど。
地方へ移り住みたい人用にそういうのあるじゃん?
でも一族の長老様が猛反発してたな〜。
『よそ者には入ってきてほしくない』ってさ。

そんなに心配しなくても思い通りになってるじゃないですか。
なーんて思ったりもしたけど。

あまたある、昔ながらの濃ゆいコミュニティが復興するか衰退するかの分岐点みたいなものを、この

『よそ者には入ってきてほしくない』から感じ取れた気がしたな〜。

類は友を呼ぶし、群れを作りたがるのは人間の本能だから、ある程度は当たり前の感情なんだけど。

ひとつの群れから抜けたら即生きていけなかった昔と違って、今は格段に選択肢が増えた。

昔も今も、どんな集団も必ず、はみ出す人とか馴染めない人がいる。誰にも悪気の無いものから、無自覚な悪意に満ち満ちたものまで色々ある。
それは良い悪いではなく、人間の「サガ」。だから「ごく自然」。

田舎のコミュニティや、都会でも長く続いてきた組織などは、色んな意味で「純度が高い」んだろうね。
合わずに去っていった者たちの声は当然残らない。そこから仲間内での「ふつう」が形成される。

「郷に入らば郷に従え」感が強めというか。
縛りがキツめで外の世界を見る物理的余裕があまり無いというか。
というのはもちろん「外」から見ればの話だけど。

だからそういう傾向が強い集団に属する人々には、昔ながらの「いいもの」が失われつつあるという危機感を抱く向きもあるかもしれない。
実際、聞いた。確かに、たすけあいとか地域のコミュニティが希薄になっているように、見える。

でもわたしは全然失われつつなんかないし、希薄にもなっていないと思う。
2016年3月に、あるひとつの「郷」から出た立場から見ると。

選択肢が増えて、縛りが緩んだ時代の空気を察知した人々が、あちこちで好き好きに繋がり広がっている。
時代が変わり、形が変わっても、本質は変わらない。

だから何も心配いらない。
失われたり希薄になったりなんかしない。
ただ、幾層にも分離が進み、互いが見えていないだけ。

幼い頃から「ふるさと」を実感したことが無いわたしにとって、夫の実家が生まれて初めての「ふるさと」になった。

これからどうなるのかな。
ここしばらく世代交代の時期、大変に見える時は続くだろう。

でも不思議と、わたしの中に不安は無い。
子どもの頃から結婚後まで、間一髪、無傷で助かる経験が何度かある。
親や祖父の死に際、パズルのピースがぴったりハマるような「偶然の必然」。

それらの体験で、自分のコントロール出来ない事はあんま気にならなくなった。

きっとなるようになる。
ホントは、現代日本の社会の仕組みなんて、とっくに崩壊してると思う。
そう遠くない未来、もっと多くの人々に明らかな形で次々と現れてくると思う。

でもそれはそれ。今この瞬間は、まあいいんじゃない?未来は今この瞬間の積み重ね。

それよりもわたしには、
「今」やりたい・やらねば。そういうことがたくさんあるから。

by yuusfuru | 2018-01-02 23:56 | Comments(0)