今日は、自分にしてはなかなかに大きな決断をした。
そしたら先日読んだ本の内容と突然繋がった。

神社には、性質の違う二つの見えない力が流れていて
どちらを使うかによって全然違うということが書かれていた。

土地そのものにある力と、
人が御利益を求めて集まる時の感情が束になって見えない力になったもの。

無尽蔵だから見返りなしで借りれる力と、
願いを叶えるために使われた力は後から等価交換で回収されるもの。

どちらも一見、叶って順調にみえる。だけど……
そんな内容の本。

これ、神社だけではなくて集団にも当てはまる。

*パワースポット的な、実力あって求心力もある目立つ人。
*その魅力に吸い寄せられ集まるファンの皆さん。
*パワースポットの御利益にあやかろうと、後から回収される事にも気づかず安易に利用しようとする人。

ここ一年半ほど、わたしのSNS上の6〜7割方を占めていたのは
人が集った時の常、それが他の世界よりも
ひと際わかりやすく露見する。
今まで自分はこういう所と関わっていたのだと。
わかりやすく顕れていたおかげで氣づくスピードも加速した。

妙に合点がいき、実際にひとつ「切断」してみたら

全身から瑞々しい光のツブツブが
まるで打ち上げ前に全開で弾けた打ち上げ花火のように
ぱーーーんと弾けて、美しい残像と共に昇華したかのような。

要はそれほどスッキリしたということ。

そしたらまたまた閃いた。
わたしは今スーパーブレインメソッドという思考整理&発信の手法を、
ブログ毎日更新で実践して
自分の心境や環境が1ヶ月でどれだけ変わるかを
実験している最中だ。

そして、それが終わったら
新しい出発のためにブログを引っ越し
Facebookの個人アカウントはプライベート用
新しい挑戦用には新しいFacebookページとか
そんなことも思いついた。

まだこの先、実践の過程で変わるかもしれない。
変化をさらに顕著に加速させるには
今の自分にはもう合わなくなった古い諸々を
捨ててみるのがいい。
そのことが、今日ひとつ「切断」してみてわかったこと。

さあ残り約3週間、
どんな変化がこの身と周りに起こるのか。
大筋と譲れない事少しだけ決めればいい。
どうやらそんなやり方がわたしには向いているらしい。

# by yuusfuru | 2018-08-16 20:39 | Comments(0)

わたしは結婚12年目。9歳の娘が1人います。
かの有名な「孫はまだか大海原」では
幸いなことに2年目にして
「御懐妊巨大船」に乗り移ることが叶いました。

しかし出産後翌年ほどには、やはり
これが噂の「2人目はまだかハラスメント」か!!!
と。

当時はさぞかし煮えくり返っていたのでしょうが
年月とともに右から左へ駄々漏らす能力が向上し、
状況も変わり、今はどうかといえば。

当時の無自覚善意ハラスメント御三家の面々は

①第一子・末っ子の御子息はめでたく御成婚
真ん中のお嬢さんはアラサーニート男っ気無し

単なる事実ですよ。もちろんただの偶然です。

②2兄弟、moreお気に入りの次男坊夫婦
思いがけなくお子さんを授かり現在一人っ子

単なる事実ですよ。もちろんただの偶然です。

③2兄弟、ご長男結婚4年目ほどだがお子さんはなく
次男坊はアラフォー独身貴族

単なる事実ですよ。もちろんただの偶然です。

わたし自身の年齢的な要因もあるのか、
最近とんと音沙汰無くなり快適に過ごしております。

たまたまわかりやすい偶然が重なりましたが
こんなものがなくても色々経た今では自然に納得できます。

結局、人生トータルではプラマイゼロじゃね??

人は誰でも、基本的に自身が経験したことしか理解できません。

人間には想像力もありますが、
例えばやっぱりさ。

身体的な暴力を受けたことのないわたしが
性暴力も受けたことのないわたしが

いかにも知った風にDVや性被害を語ったり
わかるわ〜〜なんて上っ面の安い同調したって
当事者には、その違和感わかるよね?と思うの。
だから経験していない事は安易に語らない方針。

未経験ゆえの無自覚。それだけなのですよ。
そう簡単に収まらない思いもあるでしょう。
かつてのわたしもそうでしたし、
この分野以外では、今でも収まっていない部分を自覚しています。

でも今はその意味においてはとてもいい時代。
ご自身の”段階”に応じた「層」というのが
もう既にハッキリと分離・棲み分けが完了しています。

ご自身に発信する勇氣があるなら
不特定多数に対し発信し同志を探せるし

勇氣が無くても大丈夫!ちょいとSNS覗けば
ご自身にフィットする意見が簡単に見つかります。

いいねやコメントで代償的な満足を得ることも
ある時期において。人によっては常に。
必要なことです。
そこに優劣や善悪を絡めるからややこしくなるのです。

じゃあ、どうなれば満足なの?
それが実現したら、自分の世界はどう変わる?

血迷いかけたら、自分にこう問いかけると
わたしはとても落ち着くのです。
これが現時点での、自分だけに適用してりゃいい
”個人的正解”ってとこですかね。

わたしの発信は100のうち99には意味わからんでしょう。
でもそれ向いてると思うし書きたくなるから
今日もわたしは残り1のマニアックな
まだ見ぬあなた様のためにも
発信し続けているのでありま〜〜す(°▽°)

# by yuusfuru | 2018-08-15 20:04 | 考えていること | Comments(0)

①麺類のトッピング
②天ぷら
③煮物・汁物・炒め物。何なら味噌汁の具でも余裕。

夫は富山県出身です。
富山県民は、カマボコが大好きです。
12年前の結婚式にて、
伯母より超デカいカラフルな鯛型カマボコを
引き出物にご用意いただき驚いた記憶があります。

つい数日前、もうそうめんは飽きたと言われましたが
今夜はそうめんにして、
トッピングに富山県民のソウルフード「カマボコ」
…の千切りを用意しました。

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美味しい♪とモリモリ食べてくれました。
チョロいチョロ……いえいえ嬉しいです♪

薄切りで天ぷらにしても美味しい。
オカズにもツマミにも最高です(o^^o)

カマボコは練り物の一種ですが、
富山県民はナゼかカマボコ専科です。
練り物ってタンパク質なので
肉も魚も無い時のタンパク源に活用できます。

実家では練り物をほとんど使わなかったので
味噌汁の具にまで混ざっていた時は驚きましたが。

夫の父は4年前に亡くなりましたが
長年田んぼや畑をやっておりまして
夏は毎年、ナスとキュウリが段ボール一杯届いたものです。

フルノ家に嫁いで初めて、かの有名?な
キュウリの味噌汁も味わいました。
テレビでしか見たことがなかったのに!♪

フルノ家の近隣山林では
都会で3個198円位で売っている高級薬味
「ミョウガ」がボコボコ採れたので

ミョウガの千切りとナスの油炒め
ミョウガの具沢山味噌汁
もちろん麺類のトッピングにも

ミョウガは都会ではお高いからあまり参考にならないけど
練り物って案外使えるな!と今さら思いまして
ご紹介まで。

# by yuusfuru | 2018-08-14 20:15 | | Comments(0)

夫の実家は富山の山奥の兼業農家。
義父は4年前に亡くなり、義母は施設に入所しているので
結婚当時とは様変わりしてしまったが。

ここで恒例の良かったことTOP3

【①実情を知らない者が抱きがちな
”田舎暮らしファンタジー”を見事に打ち砕いてくれた】

食に関心を持ち、生産者さんの話を聴いたり
土に触れる体験に新鮮な喜びを感じていたわたしは
ある日、夫に訊いた。

定年後、田舎に戻るんでしょ?
せっかくこんな広い田んぼや畑があるし
自然栽培とか、いいよね♪

…返ってきたのは、
それはそれは生々しいエピソードの数々。w
甘いもんじゃねんだよ。らしい。

これは何もその地域が特別に陰湿とかではなく、
まあいわゆる世の常人の常ってやつですかね。
程度の差こそあれ。

【②知識ばかりで現場を知らない頭でっかちの
”不健康な健康ヲタク”にならずに済んだ】

味噌は保存料と化学調味料入りだし
醤油は人工甘味料(サッカリン)入りだし
除草剤余って処分に金かかるからその辺に撒いちまうか
ガーーッはっは!みたいな。
まあ本当に撒いたりはしなくてホッとしたけど。

田舎だから農業をする家にとってJA様は神も同然。
農薬化学肥料バリバリの何が悪いの?が基本姿勢。

だけどみんなたくましく、並々ならぬ生命力に溢れている。

かたや都会で農薬や添加物に過剰反応して
神経質に食べ物に気を使う割に、常に不健康そうな人々

単に非難し排除するばかりでは何も変わらない。
命を繋ぐ大切な食を生み出す人々の生き様には
毒をも打ち消す旺盛な生命力と
何も語らずとも圧倒的な説得力があった。

【③やっぱりわたしにはこの人が必要だ。と思った】

昔ながらのムラ社会と3世代8人の大家族で揉まれて育ち
”他者を根底の部分で信頼して共に生きる”姿勢が、
物凄く自然に身についている夫。

人と地域と土地に守られ育まれ
人間としての”根っこ”をしっかり張っている。
それはわたしが育った環境では獲得できなかったもの。

互いに大きく欠けている者同士が
隙間なくピタリと合わさる。
欠けていることは不完全ではなく歓びであったのだと知る。

経過や詳細、諸々すっ飛ばして
かいつまんでまとめると、まあこんな感じです〜

# by yuusfuru | 2018-08-13 22:17 | 考えていること | Comments(0)

《①2007年、消えた年金問題》
その後、生保の不払い問題というのもありました。
それらの問題には問合せ窓口が設けられ、
民間のコールセンターが受託し、
結婚後、扶養内の仕事に切り替えたわたしは
それらの窓口で働きました。

いずれもそれまで信用の代名詞だった
「お国とお上」のデタラメ具合が露呈したのです。

それまで世の中の表向きのルールに盲従するばかりで
何も考えず危機感も皆無だったわたしは初めて思いました。

【  そう遠くない将来、現体制は確実に崩壊する。】
【  賢くなりたい。生き残りたい。】

《②2011年、3・11》
言わずと知れた。多くの人々がここで氣づきました。
国家ぐるみの大嘘はこの時に始まったことではないですが。
国やお上や一流企業は、自分の命を守ってくれない。

《③2013年、養父の死》
胃ガンで6年近く闘病していた養父が、
「新しいお薬を先生に勧められて、試してみるんだ」
と嬉しそうに報告後、1ヶ月経たずに亡くなった。

【この出来事を通じて結果的に得たもの】
*病気は闘うものでもなく、怖いものでもないという、価値観の根本的な転換。
*一次相続により、きょうだいや親族間で色々剥き出しになった結果、人生最大の大転機に繋がった。

体制の崩壊というと、なんだかとても怖いイメージだけど、
よく考えてみて。

昔なら個性として許容されていたものまでも今ではソッコー発達障害の疑い。
世界で最も簡単に、子どもへの向精神薬処方が出される国。
世界幸福度ランキングが最下位近いのに、大卒者の学力ランキングが第一位。

例を挙げればきりがないよね。

そんな体制が生き永らえることに、一体どんなメリットがありますか?

あ、現体制の中で利権を得られていたり
周りから高い評価を得ていた人の中には
失うことへのデメリットのほうが大きいかな?
でも、本当にそれで満足?不安はない?

昔のわたしから見て羨ましかった

要領いい世渡り上手な風見鶏ちゃん
皆に評価され親しまれるいいコちゃん
絵に描いたような良妻賢母

行動範囲・交際範囲が広がり、
かれらの人知れぬ苦悩を垣間みることが増えて、視野が広がったからなのか

今ではウンザリするほど思う。

とっととぶっ壊れちまえこんなもん。

まあ実質的にはもうほとんど「準備完了」だよね。
そう感じているのはわたしだけではないはず。

破壊と再生はワンセット。
どーせいくら心配しようが、死ぬ時は死ぬし生かされる時は超絶間一髪で助かり生かされる。
心配や悩みに向けている力を
賢くなる努力をしたり、
興味のあることをたくさん体験して生き残るための野性の感性を研ぎ澄ますことに使う。

それができるようになってから、必要以上の怖れや不安が消えた。

あくまでわたしの場合ですがね。
ま、こういう考え方・感じ方もありますよってことで。

# by yuusfuru | 2018-08-12 22:31 | Comments(0)