WS=ウェイブスペル。
簡単に言うと、同じ色の13連番。潜在意識を象徴する紋章が同じ。
kinは13個ごとに違う色になっているが、1グループ13連番×20で260のkinが並んでいる。
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kinが260もある中で、この連番の相手と出会うのも比較的珍しい。
定説としては、それ自体「シンクロ」だとか、前世から縁のあった人とも言われている。

潜在意識の紋章が同じということは、無意識で繋がっているということ。
まあマヤ暦は、もともと全ては繋がっていてひとつであるという考え方なんだけど、その中でも潜在意識の距離が近いという感じ。

ってことはだよ。
自分が潜在的に抱えている問題が、同じグループの相手を通して見えやすくなるんじゃないか?
それによって今の自分の状態が把握できたり、今後の自分の方向性を定めたり修正したりに役立つ。今までの体験や同じグループの人たちとの出会いから掴んだ感覚なんだけど。

具体例で説明しよう。

わたしはkin241。太陽の紋章は「赤い竜」。
ウェイブスペルは「青い鷲」。
同じ潜在意識のグループは、kin235〜247。
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マヤ暦を始めてから何人か、ウェイブスペル青い鷲さんたちと出会った。

「青い鷲」の特徴は、
空高く舞う鷲のように、物事を俯瞰するのが得意。
周りの人よりも広い範囲が見えるので、物事に対する考え方や視点が独特。
他の人よりもたくさんのものが見えすぎることで葛藤を抱えやすい。

例えば毒舌な人はたくさんいるけど、それが自分以外の青い鷲さんの場合は何か妙に引っかかる。
動機の部分で似た者同士だからね、その毒舌の裏にある本音とか経緯とかが、他の紋章より想像しやすい。

うはー、わたしもこんな風に見えてんのかな。
でもやめらんないんだよな、わかるわー。

やたら引っかかる時は、自分の精神面もあまりよろしくない状態の時。
だからバロメーターになるんだよ。
自分の嫌な部分って自覚できないこともあるから。
通常自覚することの少ない潜在意識、それを象徴するウェイブスペルが同じ人っていうのは。

青い鷲の観察眼がネガティブな出方をする一例が毒舌なので、他の紋章はそれぞれの性質によりその辺違いがあるけど。
もし身近に同じウェイブスペルの人がいた場合は、そういう見方・付き合い方もなかなか面白いんじゃないかなー。

現代kinと紋章ならネットで簡単に調べられるし、そういう楽しみ方もありますよ。って紹介でした〜。

# by yuusfuru | 2018-01-06 22:51 | マヤ暦解説 | Comments(0)

わからないからゴメンナサイしか言えない場合って、相手には意外とバレちゃう。

謝罪の言葉が曖昧で具体性に欠けてたり、
何に対して謝っているのかハッキリしなかったり。

「不快な思いをさせてしまいすみません」
明らかに誰でも不快になるケースを除けば、
実は謝っている本人がわかっていない場合もある。

相手が何を不快に感じているのか。
それを想像できなくて自分の尺度で相手を見ている。

あ、ヤバい!なんか怒ってる。なんで?
まあここはひとつ穏便に、わたしが謝ればとりあえず丸く収まるだろう。って滲み出ている。

理由を尋ねてこられるほど深い間柄ではなかったので黙っていた。

でも、ワケわからないのに謝れるってのは、ある種の集団のリーダーとしては必要な素質なのかも。

実際、悪気が全く無いのに加え、エゴでいいことやる自己顕示欲とか承認欲求が珍しいほど少ない人だとわたしには感じられた。
実際、人望もあり皆から引き立てられてリーダーの役割を務めている。
だから呆れはしたけど憎めなかった。
深く考えないほうが魅力的な人もいる。皮肉じゃなくそう思える。わたしには絶対に出来ないだろうから。

いずれにしても謝り方には人間性が出る。
怒り方もだけどね。

逆に嫌だったのが
「不快な思いをさせ”たなら”すみませんでした」

もちろん他人がどんな言葉を使おうと自由だけど、個人的な好みとしてはこの言い方キラーイ。
わたしなら何があってもこんなみっともないセリフ使いたくない。

その後、本人ではなく当時の共通の知人が理由を尋ねてきたので経緯と理由を説明したけどね。
メッセンジャーもラインも当時知ってたのに最初から最後まで全て誰かを介してのやり取りだった。

気になってしょうがないのだとしたら、その点だけはなんか可愛いな。

2人とも、同じ場所で一緒に活動した、元仲間。
しばらく見てないけどそのうちバッタリ出くわすかもね。

むかーしむかしの、物語。

# by yuusfuru | 2018-01-06 00:38 | 考えていること | Comments(0)

「音1~13の年」についての大まかな意味はコチラ。
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マヤ暦では、人の個性だけでなくバイオリズムも
「kin・紋章・音」であらわす。
最初に習った時に作った自分年表がコチラ。
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今年3月の誕生日以降、わたしは「白の時代・音13の年」。
ここ12年間の総まとめ・ひと区切りの時期。

ちなみに「白の時代」は、自身の内面に意識が向き、精神的成長に焦点が当たる13年間。
自分の太陽の紋章の年や音1の年は、節目になる出来事が多いとされている。

約2年前「音11の年」では、個人的に携わっていたコミュニティや人間関係をバッサリ断ち切り、役割(母妻嫁)以外の自由時間ではもう好きな事しかしないと決めた。

昨年「音12の年」では、かさこ塾で多くの出会いがあった。
クラスや会社や子ども繋がりでは一生縁が無かったであろう人々を山ほど知り、世界が広がって新しい体験をたくさんした。

素性の知れない人に委ねるのが嫌で今まで受けたことが無かったプロの占い鑑定も、昨年いくつか受けた。
占術って結構リンクする部分が多いことも実感した。

西洋占星術だと、わたしには境界線はいずれ必要無くなる、占いを仕事にするならあと2〜3年は勉強の時期とのこと。
ちなみにホロスコープの内容はざっくりと、
太陽・月・水星・金星が魚座。
活動宮3・固定宮1・柔軟宮6。
火1・風4・地1・水4。
角度とかも関係するらしいが、Facebookで知り合った詳しい方にわたしのホロスコープを見せたら、激しめの魚座だそうだ。この辺、マヤ暦の「241角&黒kin」や、四柱推命の「傷官3つ」ともリンクする。

四柱推命だと、10年毎に切り替わる運勢が51歳から仕事運の象徴でもある「比肩」。
それまでは「印綬」。知識を身につけたりとか学問とかそんな意味だったような。
今年の年運「偏印」はどうだったっけな。あとで調べてみっかな。

そしてマヤ暦「青の時代」は人生で最も変化の著しい13年間で、中でも青の時代・青い手(マニーク)はチャンスが巡ってくる年と言われている。
それが50歳。

数秘では今年は「サイクル1」。新しいサイクルのスタート。
だけど新しい事を始めるつもりは無かった。マヤ暦から方向転換する気はないけどなー、と思ってた。
でも昨年中に状況と心境に変化があった。
今まで全く興味無くて苦手だった分野に詳しい人と出会い、今月から習い始めることに決めた。

なんで苦手な事をわざわざ習いたくなったか。
必要性を感じていた。そこにきて始めるための条件が昨年末、整ったから。

これはSNSでもリアルでも「ふつう」大っぴらにはしないこと。それを仕事にする人や、ある程度実績のある人は別だけど。

スピの世界に居ると、お金は5次元とか何とか聞いたことある人多いと思う。
でも現実世界に生きている以上は、3次元のお金の仕組みも最低限知らなきゃマズくね?
と、ある実体験から知りたい欲が増してたところ。
って感じのことかなー。

わたしのマヤ暦は先月から強化期間突入中。
モニター様を経て一旦仕事にはしたけど、やっていくうちに疑問や新しい発見がたくさん出てきた。
今年上半期を目処に基礎から叩き直してまた戻ってきまーす。

機会があれば、色々な占いを比べてみるのも面白いよ〜。

# by yuusfuru | 2018-01-05 01:23 | マヤ暦解説 | Comments(0)

夫はフルノ家の長男様。結婚前にこの言葉を聞いた時は、いちおう腹くくったもんです。

そこまで実家に愛着を持っているということは、土地と家と人に守られて真っ当に成長した証というか。
わたしには無い「根っこ」的なものを凄くしっかり張ってる感じが頼もしくて好きだなあって思ったから。

あれから11年。あと10年か…と思い出して訊いてみた半年前の夏の日。
65歳になったら富山帰るんだよね?と。

が。

『え?帰るわけないじゃん』

はァ⁉️( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)⁉️⁉️
ちょうど暮れから帰省してて思い出したもんで、半年越しに訊いてみた。
あのさ、結婚前のアータの言葉、アタシ割と真に受けてたんすけど。

すると。

『あの時は、親父がこんな早く逝くなんて思わなかった。誰も居ない実家に戻るのなんか嫌だよ』

ああなるほど。納得。
夫のお父さんは2014年に亡くなり、お母さんは要介護状態で施設入所中。富山の家は空っぽ。
そうか、そうだよね。

わたしの実家は昨年、無くなってしまった。
2013年に養父が、2017年に実母が亡くなった。
実父は1985年に亡くなっている。
わたしと妹は嫁ぎ、弟は墓は継ぐが実家には移り住めない事情がある。

空っぽなのに結構な費用をかけて修繕し維持しているのも、いずれ戻りたいわけではなかったと( ゚д゚)。
『おふくろが世話になってるうちは嫌とは言えない』
なーるーほーどーー。

いつかの法事の席で、空けとくよりは誰かに貸すとか話も出たけど。
地方へ移り住みたい人用にそういうのあるじゃん?
でも一族の長老様が猛反発してたな〜。
『よそ者には入ってきてほしくない』ってさ。

そんなに心配しなくても思い通りになってるじゃないですか。
なーんて思ったりもしたけど。

あまたある、昔ながらの濃ゆいコミュニティが復興するか衰退するかの分岐点みたいなものを、この

『よそ者には入ってきてほしくない』から感じ取れた気がしたな〜。

類は友を呼ぶし、群れを作りたがるのは人間の本能だから、ある程度は当たり前の感情なんだけど。

ひとつの群れから抜けたら即生きていけなかった昔と違って、今は格段に選択肢が増えた。

昔も今も、どんな集団も必ず、はみ出す人とか馴染めない人がいる。誰にも悪気の無いものから、無自覚な悪意に満ち満ちたものまで色々ある。
それは良い悪いではなく、人間の「サガ」。だから「ごく自然」。

田舎のコミュニティや、都会でも長く続いてきた組織などは、色んな意味で「純度が高い」んだろうね。
合わずに去っていった者たちの声は当然残らない。そこから仲間内での「ふつう」が形成される。

「郷に入らば郷に従え」感が強めというか。
縛りがキツめで外の世界を見る物理的余裕があまり無いというか。
というのはもちろん「外」から見ればの話だけど。

だからそういう傾向が強い集団に属する人々には、昔ながらの「いいもの」が失われつつあるという危機感を抱く向きもあるかもしれない。
実際、聞いた。確かに、たすけあいとか地域のコミュニティが希薄になっているように、見える。

でもわたしは全然失われつつなんかないし、希薄にもなっていないと思う。
2016年3月に、あるひとつの「郷」から出た立場から見ると。

選択肢が増えて、縛りが緩んだ時代の空気を察知した人々が、あちこちで好き好きに繋がり広がっている。
時代が変わり、形が変わっても、本質は変わらない。

だから何も心配いらない。
失われたり希薄になったりなんかしない。
ただ、幾層にも分離が進み、互いが見えていないだけ。

幼い頃から「ふるさと」を実感したことが無いわたしにとって、夫の実家が生まれて初めての「ふるさと」になった。

これからどうなるのかな。
ここしばらく世代交代の時期、大変に見える時は続くだろう。

でも不思議と、わたしの中に不安は無い。
子どもの頃から結婚後まで、間一髪、無傷で助かる経験が何度かある。
親や祖父の死に際、パズルのピースがぴったりハマるような「偶然の必然」。

それらの体験で、自分のコントロール出来ない事はあんま気にならなくなった。

きっとなるようになる。
ホントは、現代日本の社会の仕組みなんて、とっくに崩壊してると思う。
そう遠くない未来、もっと多くの人々に明らかな形で次々と現れてくると思う。

でもそれはそれ。今この瞬間は、まあいいんじゃない?未来は今この瞬間の積み重ね。

それよりもわたしには、
「今」やりたい・やらねば。そういうことがたくさんあるから。

# by yuusfuru | 2018-01-02 23:56 | Comments(0)

それが最も「多数派ウケ」する表現だから。
ネット上の、マヤ暦について書かれた文章の中には、結構「黒kin=波瀾万丈」な解釈が多いし、1年前に習った時もそう。当時はそれで納得出来ていた。

モニター時代はまだ気付けなかった。その後、お客様の鑑定を重ねるうちに違和感や疑問が増してきた。

だが、つい最近マヤ暦を学び直すことにして、その解釈に至る理由が自分なりに考察できたので「波瀾万丈」も「間違い」だとは思っていない。

始めたばかりの頃のわたしのように、それで納得して前に進む原動力を得られるならば、ぶっちゃけ何でもいいと思う。だからそれ自体は否定しない。

今の日本では、流行やブームは主に
大手メディアによって仕掛けられる。
そして大衆(多数派)によって作られる。

一部界隈では有名な、某大手広告代理店社長の言葉として
「世の中、めあき千人、めくら千人、残りの八千人はバカである。市場とは、このバカにより構成される」
というのがある。

何でもそうじゃない?
買っていただいたり、支持をいただくには、わかりやすさは必須。そのさじ加減によって、集まってくる層が変わる。
占い・スピだって例外ではない。

そこに上下は無く、貴賎も無い。
上下貴賎って、自分と他人を比較するための考え。
本来の比較は、他人とではなく自分vs自分と思うんだ。

こんな格言を引き合いに出したからって、バカを蔑んでいるわけではないよ。
程度の差こそあれ、わたしもアナタもみんなみんな、どこかしらバカじゃん。

それは
「人は自分が信じたい事しか信じない」
「誰もが自らの許容範囲を超える事は理解できない」
ということなのでは?
人間ならば当たり前で、ごく自然な事だとわたしは思う。

自覚できれば決められる。決めるのは他人ではなく自分。
段階がある。上がるも留まるも堕ちるも自由自在。
マヤ暦を学び始めた1年前より今の自分のほうが賢くなれた。それでいい。

さてこの「黒kin」の一種、角kinについては、
過去記事で一度このように考察している。
http://yuusfuru.exblog.jp/25511423/

でも、学び続けていれば日々進化するわけで。
現時点でのわたしの「段階」は。

マヤ暦の1年260日の表がこちら。
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人は、この260日間のどれかに生まれる。現代の暦での「何月何日生まれ」が、「kin1~260」のどれかにあたる。

1日のエネルギーは、2種類の紋章によって表される。紋章の組合せが260通りあるから、1年260日。

黒く塗られている(グレーも含む)のが黒kin。
「宇宙のゲートが開く日」とか
「この世(3次元)とは違う次元のエネルギーが流れる日」とか言われている。

この世の「常識」では説明のつかない、不思議な出来事が起こりやすいとされている。
黒kin生まれではない人も、黒kinの日にはそのような経験をしやすい。

黒kin生まれの人は、この日のエネルギーを宿して生まれてくる。
だから不思議な経験をすることが多いとされている。
現代・古代ともに黒kinのわたしとしては、確かにそうだねーという実感が。

自分の意識が、この世(3次元)とは違う次元と繋がりやすい」ということ。
次元が高いから「意識がお高い」とか、低いから下等という話ではない。

「フツー」なら意識もしないことがやたら気になったりとか。
ちょっと浮世離れしてたり・しやすい、とか。

それで周りからは理解不能で受け入れられないことが多いと、自己肯定感があまり育たない場合がある。
わたしの場合、4年前の40歳まで、まさにソレ。

別次元と繋がりやすいので(??)
現実世界に反映されるのも早い。

繋がった先によっては…=辛いことが多くなる
その分、反転した時のパワーは強いと思うけど。経験上。

黒kin生まれは、自分の意識の持ち方(在り方)が、他のkin以上に影響する。
現実世界の結果として出てくるスピードが速い。

それをわかりやすく表現するには「波瀾万丈」ってこと。
なのかなー、と。

人は誰でも自分だけは特別って思いたい節、あるよね。
日本人は特にレアもの好きだよね。

わたし自身の考えとは別として、
何でもいいと思うの。

かつてのわたしのように、
マヤ暦を知ることで今まで受け入れ難かった自分の個性を受け入れることが出来るようになったり。

マヤ暦は占いじゃないってのも複数のサイトで見かけるけど、そんなのは提供者であるわたし達とか、受け手側であるお客様方、それぞれで決めればいいし。

だって占いだけでなく今やこの世界全体が「何でもアリ」なのが明らかになってきてる。

短期的な運勢の良い悪いに振り回されず、自分の解釈次第で世界(=自分)は変わる、と知って考えて行動できるようになる。

それを実体験から骨身に染みた後にマヤ暦と出会った。検証できた感じがした。だからそう思っている。

わたしにとっての「マヤ暦」みたいなもの、
誰にでもきっと、あるよね。たぶん。

# by yuusfuru | 2017-12-29 22:54 | マヤ暦解説 | Comments(0)