カテゴリ:考えていること( 40 )

例えば1年後に世界が滅亡することが確定していたら、あなたはやりたいことを諦めますか?
どうせ世界は終わるから何をやっても無駄なのかな?

そんなの関係ないよね。

だって誰だって次の瞬間、生きるか死ぬか、どうなるかわからない。

今まで大手マスコミで盛んに垂れ流されていた数々の終末論を思い返してみよう。
予言ってマヤに限らず何でも大抵怖いでしょ?

覚えておこう。

大衆心理を操作するのに最も効果的なのは、人間誰もが持つ恐怖心を利用すること。

ノストラダムスだって、マヤの予言だって、表に出てくる「裏」っぽいものに、ホンモノの「裏」は無い。

以上よ(*´ω`*)❤️
by yuusfuru | 2017-07-22 22:25 | 考えていること | Comments(0)

お話をすればするほど、似てるなぁと思ったんです。「かさこ塾」と。

「独立した ”個” 同士、繋がって拡げていこう」
という、トップの志(こころざし)が。

今後わたしが拠点を置くこととなった、横浜駅みなみ東口徒歩6分のシェアオフィス(コワーキングスペース)
「ヨコハマホップ」

オーナー・保坂 一成(ほさか かずなり)さんとかさこさんの共通点。
見かけのタイプは全然違うんですけどね。

今日、初参加させていただいたランチビズ(カジュアルな感じの異業種交流会)

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「ヨコハマホップ」は会員制ですが、この交流会は毎月第3木曜日・先着30名、申し込めば誰でも参加することが出来ます。

最初は参加者の中から毎回1名選ばれ、30分のミニセミナーの時間です。

訊けばこのミニセミナー、会に2回以上参加し、かつオーナーの判断基準に合致しさえすれば機会をいただけるとのこと。

おおこれはチャンス❗️
かさこ塾最終回「3分プレゼン」の10倍も喋れるぜ✨✨

その条件で1週間散々足掻き倒し、夜な夜なエキス凝縮しまくり、ついでにパワポにも生まれて初めて挑戦よ!

当日、緊張感で嘔吐卒倒寸前な3分プレゼンをやり切った「かさこ塾卒業生」としては夢のような好条件ではありませんか❗️❗️

ってことで初参加にも関わらず自己紹介後に突撃交渉したワタクシ。
結果、9月の会でミニセミナーやらせていただけることになりました(^-^)/

ひゃっほーー❗️❗️
ありがとうございます(*≧∀≦*)✨

その後は皆でランチを食べながら歓談のひとときを。

ところでオーナーの保坂さん、初めてお目にかかった日に名刺とパンフレットをいただき拝見した瞬間からもうわたしの中で印象繋がったのですよ。

二つ折りの名刺。
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三つ折りのパンフレット。
ちなみに保坂さん、本業は行政書士でいらっしゃいます。
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これを見て
「え、かさこ塾行ってました??」
((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))
と思う「かさこ塾生」は、きっとわたしだけではないハズ…

そんなかさこ塾、わたしは自宅から最寄りの会場、横浜鶴見で今年2月受講・卒業しました。

かさこ塾のいいところのひとつは、再受講は全国どこでも何度でも無料で、卒業後も塾生同士が繋がる機会がたくさんあること。

今月から鶴見で始まった第2期・2回目の講義。わたしの必須条件 ”平日昼間近場” が初めて揃ってわーいわーい🎵
明日、初の再受講に行ってきまーす❗️

現役塾生さん向けの三段階告知と企画を只今、絶賛練りこみ中でーす(*^ω^*)

それにしても当初は、
いち専業主婦の普段の生活では絶対に接点の無い、面白い人々と交流するのが「かさこ塾」に入った目的。

もともと起業するつもりではなかったのに。
いつの間にかこんな流れでここまで辿り着き、これからさらに予想外な展開だろうなぁ。こういうのメッチャ好き💕

まあ当然プレッシャーハンパないよ?
でもそれでもやっぱり
人生ってつくづく面白いと思う今日この頃です(*´ω`*)❤️

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以前、在籍されていた ”氣” がわかる占い師さんも、「ここは氣がいい」と仰っていたそうですよ。
”氣”は今の所まったくわからないワタクシにすらハッキリわかるほどに、なんだかホッとできる癒しの空間で〜す(*´ω`*)
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by yuusfuru | 2017-07-20 22:00 | 考えていること | Comments(0)

「選ばれる性」としての「女のステージ」に、有無を言わさず引きずり上げられる、あの、クソ忌々しい日々。もう金輪際ごめんこうむりたいわ。33歳で結婚が決まった時はホント腹の底からセイセイしたわ。

このわたしが。まさか「フツウの幸せ」を得られるなんて。
ハタチのあの頃には全く想像も出来なかったから。

だって、あの頃に戻りたいほどの思い出なんて一滴も無いんだもーん。
どこへ行っても誰と居ても心休まる時が無かった。人を好きという感情がわからなかった。

9歳の頃、そんなに嫌ならリコンすればいいのにと思った。こんなキモチワルイものを愛と呼ぶのなら一生要らないと思った。

そんなわたしが、結婚11年目。

2年目、ダンナの親族側からの「本家長男の跡継ぎはまだか圧力」が高まりゆく中、タイミングよく妊娠した。
でも素直に喜べなかった。というか断然怖かった。
子どもの個性や可能性を、わたしが潰してしまうのではないかと。

そんなわたしが、お母さん8年目。

これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶ?

2017年7月17日、吉祥寺第一ホテルに。
わたしと同じ年代・立場の主婦パフォーマンス集団のショーを見に行き、そんな思いを巡らせていた。
ド派手なコスプレと自虐、トゥーマッチな芸風が特徴。

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ショーのプログラム

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ステキなキャスト✨

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自虐もあそこまで振り切ると、もはや芸術。逞しさと底知れぬ生命力がひしひしと伝わってくる数十分間だったわ。

自虐ギャグだけじゃないよ。
人生の様々なステージで、女だからこそ味わう不条理の数々。乗り越えてきた世代から、これから乗り越えねばならない若い世代への暖かいエールも。

わたしは今でこそ精神世界の発信を好んでするようになったが、元来かなりの現実主義者。

スピスピしい綺麗な格言よりも
例えば愛読書だと田中角栄の名語録とか、現実世界を泥臭く激しく生き切った人々の言葉に惹かれる。
だからコマエンジェルにも惹かれるのかもね。

若い女、特に若くて綺麗な女には商品価値がある。
綺麗であればあるほど、自己評価が低いと人生を破滅的に狂わすことになる。

自分が女の子を授かった時、真っ先に思ったのは、大体こんなこと。
さあどう育てようか。当初は結構悩んだなぁ。

でもあれから紆余曲折、散々足掻きもがき振り切って行き着いたその先の、今。

自分を生きることは、他者を活かすことに繋がる。

他者との軋轢と仲良しグループの馴れ合いの両極しか生まない解放は、過程としては部分的にアリ。留まりたければそれもアリ。
でももう飽きちゃったんだもの。ちょっと淋しいけど、だからこそ新しい出会いを求め出向く原動力にもなるわけで。

自分を解放し始めてまず最初に影響があったのは娘・夫との関係。
それはもう嘘みたいに劇的に改善した。

もう何があっても大丈夫。子ども時代と違って、選択権があるから。
母の波乱の人生を見届け、自分の器以上のことは起こり得ないと知った。

大好きな「田中角栄・名語録」のひとつに
「息子には常々言っている。俺の生き様を見ていろ、と」

娘でも同じだと思うよ。自分だって娘の立場で思ったことあるよ。

大人になって、全ての事情を知った時。

ホントバカな母なんだけど。
わたしが1歳の時、看護学校入学・自分の親を呼び寄せ同居・引越し手配、全て独断で夫にはオール事後報告ですよ⁉️それが最大要因でゆっくりゆっくり壊れていく家庭をずっと観てきた。

でもなんだかんだ言ってやっぱりこの女には敵わないと思うのですよ。尊敬してる。
わたしだったら無理だもん、38歳で夫が自死して12・6・3歳の子を抱えた状況。そこから2年足らずでの奇跡の出会いと再婚。
やり切って生き抜いた母の生き様。

これ見ちゃうともうそんじょそこらのお涙ちょうだいドラマや映画が物凄く嘘くさく見える。おかげで安い心理操作にも引っかからなくなる。

ひとつのショーから、こんなところまで思いを馳せた、そんなお話でした。

☆告知☆
潜在意識と人生のあらすじを読み解く、ブライトセッションとマヤ暦やっています。
横浜駅近、徒歩6分。詳細はこちら。
http://yuusfuru.exblog.jp/25916973/
お問合せ・ご予約お待ちしております(^^)

by yuusfuru | 2017-07-18 19:49 | 考えていること | Comments(0)

相反するからこそ惹かれるのよね〜。
これぞまさに世界の・人間の神秘よね〜。

だから美しい一方しか見ない類いの情(愛・感謝・絆など)なんてつまんないし勿体ない。その逆も、もちろん。

両極を知らない「中庸・真ん中」は、必ずどこかで破綻する。

怖がらせたいわけじゃない。むしろ逆。破綻は生まれ変わりの幕開け。
その先こそがホントの勝負どころ・醍醐味だとわたしは思うの。経験上。

こんな時いつも、甘い罠は『情』
破綻こそが、せっかくのビッグチャンスなのに。泣き言や毒吐いて、うんうんわかるぅーも時に必要だけど。
あまりに盛り上がって固い結束やら絆やら生じちゃうのもね〜。

誰だっていちばん怖いのは、孤独。
たくさん喜んでくれる人が居るとまた泣き言や毒吐きたくなる。それでバランス崩しているケースが本当に多い。もちろんもれなく無自覚ね。

仲良しと馴れ合いは似てるけど違うよ。
さあコレはどちらかな❓
そう考えられるうちはまだ大丈夫かなぁ、たぶんね。

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by yuusfuru | 2017-07-16 12:14 | 考えていること | Comments(0)

巷に溢れる引き寄せ本。「著者」は実体験の中から感じ取り掴み取り「引き寄せ」た。体験が先。理屈は後。

多くの「読者」は逆。せっかく実体験から「腑に落とす」チャンスが訪れても中々振り切れずに中途半端なところで「傷ついて」諦める。

他人があなたを傷つけるなんてこと、出来っこないのに。

諦める人の共通項。「常識・普通」を真に受け惑わされる。そんなの幻想なのに。でも周りの目は氣になるからイマイチ振り切れない。

捨てられないことが問題ではない。全然捨ててないことにすら氣付いていないのが問題。
捨てたいなあ、と「願って」いることが何よりの証拠。

ホントに捨てると「決めた」なら、「みんなと同じ教の信者」を煙に巻く程度の知恵、いくらでも捻り出せる。
全て捨てるの?って思うから出来ないしそんなの無理。捨てるポイントは個々で違うと思うから見極めが必要。その過程で、考え選び取る力を取り戻す自主練をしていく。

それまでつるんでた人で合わなくなった人は離れていくけど、離れたぶん必ず入ってくる。入れ替わる。ただし一時的に孤独を味わう。もしかしてそれが怖いのかな。だから「みんなと同じ教の信者」ってわたしは表現している。

「常識・普通」怖いのは、知らず知らずにモノを考える力を忘れていくところ。

願いの裏には悩みがある。磁石の両極のように、切っても切れないもの。

引き寄せるってことは、自分は持ってないと思ってるから何処かから貰ってこようとするんだよね。
例えば何か欲しい物がある時、お金出して買うよね。タダで貰おうとする人って品性卑しくなってくるよね。お金を失わない代償とでもいうか。

引き寄せって等価交換なの。必ず対価が必要になる。
それを知らずに無闇やたらに「引き寄せた~い」が危険なの。
無自覚だと、対価になるのは「自分自身」。根源を知らずにスピ系に踏み入りハマり自分を見失うとか、そんな感じかなぁ。

成功法則とかの本とかセミナーとかもさ、ホントにそれで成功するのなら、手を替え品が替わる度に何で延々とみんな買い続けるのかなあ?

誰でも、もともと必要なものは既に持っている。持っていることを忘れてしまっただけ。
モノを考える力を失ったのではなく、忘れてしまっただけ。

だから引き寄せたいだの何だの願う前に考えることは、自分は本当にそれを思い出す覚悟が、意志が、あるのかっていうこと。

「みんなと同じ教」脱退できますか?しないほうが「幸せ」な人だって、居るんだからね。

ただシンプルに。
自分は、どうしたいのか。
それに尽きる、って結論でーす(=゚ω゚)ノ
by yuusfuru | 2017-06-28 07:03 | 考えていること | Comments(0)

知らなければ良かったかなあ。
そうしたら「みんなと同じ」で淋しくなくて、共感し一緒に涙して、刹那の一体感を味わうことが叶ったのに。

つい1年ほど前までは、そんなふうに思っていた。
わたしが知っているのと同じジャンルのことを知っている人が周りに誰一人いなかったから。

最初に知ったのは2013年6月。

その時すでに養父は抗がん剤治療を6年近く続けていた。新しいお薬が認可されたんだ。先生から聞いて早速試してみることにしたよ!
そう嬉しそうに語る両親には、「良かったね」としか言えなかった。

2013年10月に養父は亡くなった。
初期の胃ガンで胃を全摘出して以来6年近く抗がん剤治療を続けていた。
亡くなる3日前まで普段と変わらない生活を、最後まで人間らしい「生命」を全うできたのは、今思えば奇跡。

知った者が辿る道筋の常として。
身内や身近に伝えキチガイ扱いされて懲り懲りし、ネットのドツボにハマり、現実を知らない頭でっかちになっていく。

医療を全て否定はしていない。
交通事故や骨折・火傷などの外傷には必要不可欠だし、
胆石持ちの夫は、救急医療のおかげで今まで少なくとも4回命拾いしている。

それでもどこかで「医療なんて」と思い、単に自分だけの正解として選んだ答えを唯一絶対の正義と思い上がり、ロクに調べようともしない周りの人々を内心蔑んでいた。

しかしその後、自身の偏りを思い知らされる体験を次々と重ねた。

この件がキッカケで食生活を見直すようになり、食の安全を伝えるボランティアのような活動を2年間やってみた。
たとえどんなに正論であろうとも、他者をコントロールしようと試みる愚かしさに氣付いた。

夫には一通り伝えたが、
「酒とタバコが無いと俺は死んじまう」
「俺は昔から腹一杯じゃなきゃ寝れないんだ」
「男なんて若いうちカッコ良きゃいい」
(=服のサイズ5Lの夫、ダイエット拒否宣言)

この3点は遂に譲らず。

その代わりわたしのこともコントロールしてこないのが夫のいいところ。

食に関して、上記の点以外はほぼ全てわたしの好きにさせてくれる。それだけで充分結構。
相手に氣付かれず「身体にいいこと」が出来るように、自分が賢くなればいいだけのこと。

西洋医学の観点からみれば健康リスク特大レベルの夫。
しかしその方面においての ”常識” を捨てた今となっては、いつ病気になるかという不安からも解放された。
病気に対する概念が変わったから。

人間いつ死ぬかわからないくらい、それまでの色んな経験で多くの人がわかっている。わたしもそう。その体験をどのように解釈するかは人によって違うけれども。

「ああ良かった!今朝も息してるぅ♡」
毎朝目覚めるたびにわたしは奇跡を体験できる。
夜は「フツーに」生きて帰って来てくれるだけで有り難い。
それは、知ったから。そして常識を捨てたから。非常識を選んだから。

最近になって「同志」と繋がる機会も増え、以前より孤独を感じることが格段に減った。

「知って良かった」と思えるようになって、良かったなあ。
そう思う。
by yuusfuru | 2017-06-25 00:24 | 考えていること | Comments(0)

嫌ならスルーすればいいのにね〜。
でもどうしても接触せざるを得ない時に、どんなに取り繕っても「蓋」の閉じ具合がこちらに露見してしまうんだな。「いいコちゃん」になればなるほど。

例えば「閉じ具合」が割と深刻な場合など、個人メッセージすればいい件に関してもわざわざSNS全公開の場で絡んできたりとか。
偽りの自分を演じ自身を苦しめてまでわたしを「わからせたくて」しょうがないのね〜。

コメントの論旨も、その後の謝罪のポイントも、著しくピントがズレている。
「おそれ」は、かくも人を盲目にするものか。
わたしが「自称 ナイーブ・こわがりちゃん」を信用しない理由はコレ。

依存は危険❗️と事あるごとに発信しているわたしですが、では依存されることがそんなに嫌なのか❓と、先日改めて考え直す機会がありまして。

今年2月からマヤ暦のセッションを始めて・初めて早々に実感したこと。
わたしからみて、かなり依存心高いなぁと感じる人の中にも、可愛いなぁって好ましく感じる人がいた∑(゚Д゚)

それ以前は、クレクレちゃんは問答無用で大嫌いだった。

わたしのそれまでの人生経験から、自他共の中にある依存心を過剰に敵視して、徹底的に嫌う時期を経験することが、わたしの場合は必須だった。今思うと。

当然たくさん敵を作ったが、闘うことでしか自我を再形成する術を知らなかった当時。開き直るわけではないが、後悔はしていない。

で、紆余曲折を経た、いま。

程度の差はあれ誰にでも依存心はある。それは自然なこと。もちろんわたしにもある。

では好ましいかモヤっとするかの違いは何か。

その人がわたしに対して好感情を持っているかどうか。

逆もそう。互いに。結局これだよね。

あのね。
「わかる」だけなら誰でも出来るの。

その段階でわたしを「わからせよう」とするより(ご本人はおそらく ”無邪気な善意” で伝えているつもり)

どうせなら「やりきって」から同じこと伝えたほうが、説得力が断然違ってくるよ。

リアルに圧倒的に「やりきった」人を知ってる人・もしくは「やりきった」人にはソレ通用しないから。
優しく受け止められ、伝わったキブンを味あわせてもらえているだけ。
どうしても「伝えたい」ならば相手の見極めは慎重にね〜。

でもホンモノはわざわざ言わなくても滲んでくるから、

そんなに「ガンバ」らなくても
大・丈・夫 ( ^ω^ )
by yuusfuru | 2017-06-21 18:58 | 考えていること | Comments(0)

やった上で言うならまだしも。
やったこと無いなら一度は経験してみて損はないとわたしは思うよ〜。

集団内最弱の立場をスーパーの組織内で疑似体験できる絶好のチャンスですぜ。え?そんなのに何のメリットがあるかって?
人の本性がよ〜〜く観えるんだよ。

そういう現場で鍛え上げられた人は、確かにスピ系の ”次元のお高い” お話や ”世の中の偏りによる問題” などは解らない。

でも解る人が陥りがちな、机上の空論的な綺麗ごとを真に受けて惑わされ自分を見失うようなことは比較的少ないのでは?
だから ”世俗バリバリのおかあちゃん” のほうが現実世界では ”強い” んだよ。

だから ”解る人” にそういう現場経験が無いならば、何でやらないの?もったいないな〜ってわたしは思うのよ。両方装備したら最強じゃね?

これこそまさに「腑に落とす」ことそのもの。

どこか世俗に浸かり切れない環境では腑に落とすなんて不可能なんだよ。パートの中でも世間的にイメージのいいのを選ぶとかね。
泥臭い経験を散々積んだ人のほうが人間的にも魅力的だし、そういうのって必ず言動に出る。

かくいうわたしはというと、
今から5年前、レジ打ちではないけれど、娘の入園を機にスーパーの鮮魚売場で働いていた。
そこで魚のさばき方を覚えて魚料理が大好きになった。

その後、趣味で生活クラブ生協の委員という、まあ食の安全を伝えるボランティアみたいな活動を2年間やって、そこで「魚料理好き」を活かしたイベントをやった。

それで自分の好きなことをやる楽しさに目覚め、興味の趣くまま色々な世界を覗いているうちにマヤ暦に出会った。

かさこ塾での新しい出会いや機会を最大限に活かすことが出来たのは、その3ヶ月前からマヤ暦を學び始めたおかげ。

こうしてみると、スタート地点はスーパーの魚売場だったんじゃないかな〜って、こないだ氣付いたのよ。

だからなおさら思う。
一度も「スーパーのオバちゃん」やったこと無いならば、そして選択肢として巡ってくることがあるならば。案外オモロい展開になるかもよ。

人生、何が転機になるか本当にわからないもんだな。すげえ面白いじゃん。「スーパーのオバちゃん」からスタートしたわたしの道筋。

なーんて思うわけなんだよ〜(=゚ω゚)ノ
by yuusfuru | 2017-06-20 23:18 | 考えていること | Comments(0)

やっちまった(0Д0;)❗️❗️

折にふれ『根源』を知っておくことの重要性を書いているわたしだが、実は【風水】では ”開運アイテム” とされているものを、安易に使ってしまっていたことが発覚((((;゚Д゚)))))))❗️❗️

かさこ塾 同期の華月ゆりさんに我が家の風水鑑定をお願いした時のこと。

昔から風水に興味はあったけど
書籍にあるような通り一遍の ”風水ネタ” は、根源や根拠が曖昧過ぎるようにわたしには感じられてイマイチ納得できず。

でもやっぱり興味あったし、だいぶ以前から有名どころの風水書籍を数冊読んではいた。

風水の種類というか流派というか、それも全くの別物なんだけど、書籍しか知らないとそれが風水の全てと勘違いしやすい。

考えてみれば、この種の書籍の場合、たくさん売りたくて出すもの。不特定多数をターゲットとする書籍の内容はやはりなるべく多くに「ウケる」ように書かれる。

それだけを読んで、自分は知識を得た!って錯覚に陥りやすい。

今となっては、浅〜い内容の、更にまた上澄みだけをつまみ食いするかのような。あくまで例えですよ。
あぁ❗️❗️今となっては愚か極まりないことをわたしもやらかしていたんだわ。

【愚かと表現したのは、わたし自身の信条(根源を知る重要性)に反することに氣づかずにいたことであり、市販の風水書籍を否定する意図は込めていませんので。念のため】

ま、具体的には、風水で開運アイテムとされている「龍の置物」今まで置き方を間違えていたという…。

詳細は ゆりさんのブログを
「もしかして玄関とかにただ龍とか置けば良いって思ってませんか?」
http://ameblo.jp/micchilily/entry-12285231592.html

ギクぅぅぅ…((((;゚Д゚)))))))
聞いてソッコー青龍側に移動したわ。

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しかもこの龍さん、実は3代目。
無造作に置いた荷物に引っ掛けたり、突風に煽られた暖簾に巻き込まれ、2回、床に落として割っている。。。

白虎さんに叩き落とされた❓……((((;゚Д゚)))))))❓
そう考えるとコワ面白いけど。まあそれはともかく。

あーでも半年ほど前から、龍側にベンチや靴用の棚を置いたのは、風水とか何も考えてなかったんだけど、結果これでOKだったのはちょっと「やったぜ✨感」あったかな。

あ、「西に黄色」も昔ちょっとやったけど、すぐ飽きてやらなくなったし。

詳しい鑑定書や処方&解説は後日お渡し。
たのしみ〜〜(o^^o)💕
詳細レポは後日またブログにて(=゚ω゚)ノ
by yuusfuru | 2017-06-20 02:41 | 考えていること | Comments(0)

まず、「イイもの」の判断基準が千差万別。好みの問題や個々の理解力の段階により違ってくる。その意味合いで、唯一無二の「イイもの」は存在しない。

人の判断基準には、程度の差はあれど誰にでも、情報を発する相手に対する『好き嫌い』の感情が関わってくる。

あと大多数の人は『権威』に弱い。大手メディアで散々垂れ流されてるから安心とか。わたしが大好きなカリスマなんちゃら様がおススメしてるからとか、無条件に。

要は、「何を言うか」より「誰が言うか」
これは当然の話。
程度の差はあっても誰でもそう。
人間が人間である以上、完全なる公平・フラットなどあり得ない。

感情と理性の切り離しが苦手な度合いに応じて、「好き=正しい、嫌い=間違い」になりがちで説得力が段階的に激減していく。

人間は感情の動物。感情は本能・自然そのもの。理屈なんて後付けだよ。ちょっと達者な人なら口八丁で何とでも言えるもんさ。

でもベースがあまりにも「想い」語り先行型「感情論」は、理屈まで感情に侵食されている。だから互いに好意を持ち合っている間柄でしか通用しない。

だからこそ自分がイイと思ったものを広めたいと思ったら『好き・嫌い』と『正しい・間違い』の線引きを、クドいほど徹底的にしたほうが得策だとわたしは思うんだな。
何の権威も無い、カリスマでもない人にとっては、ね。

あと、感情論は必要最低限。場合によっては一切要らん位の心積もりで書いたほうが得策。どんなに意識しても、それでもどうしても感情が入ってしまうのが人間としての自然な姿だから。

わたし的に要点だから二度書くよ。
人間が人間である以上、完全な公平・フラットでの判断なんて、あ・り・え・な・い。

ではどうやって自分にとっての最善を判断すればいいんでしょうか、って?

大丈夫大丈夫。人は誰でも、現段階の自分に応じたものしか受け取れない・理解出来ないようになっている。
だから自然と『棲み分け』が進む。
その世界が嫌なら、自分次第で『棲み替え』は自由。

別に好き好きでイイじゃん。
ただシンプルに、そういうことだと思うの(^^)

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by yuusfuru | 2017-06-16 22:47 | 考えていること | Comments(0)