わたしの原点は「ブスが色気づきやがって」。だからいま思い切り好きな格好が出来る。

これは中学生の頃、髪にリボンを付けていった時、クラスの男子に言われた言葉。
当時のわたしの立場は「クラスで1人位は居る、風変わりな子」。要は、集団ヒエラルキーの最底辺。

それ以来、学校では極力目立たないよう地味にし、私服ではどれだけ「素」をカバーするかに労力を注いだ。
自分が顔もスタイルも平凡だとわかっていたからこそ、工夫をするようになった。

もしもわたしが、周りから可愛いねって言われる程の容姿をしていたら、センスを磨こうなんてきっと一生思わなかった。
コンプレックスは宝の山。

ここ半年ほどでまた、選ぶ服がガラリと変わった。
綺麗な色や柄。長いスカートやワンピース。
やっぱり気分がいい。華やいで楽しくなってくる。

ちょうど ”個” としての「住む世界」がガラリと変わった頃と連動している。内面って、やっぱり見た目にあらわれるものなのね。

学校・自治会などの役割上で必要な場合を除き、デニムを履くことがなくなった。

で、思った。

今こうして周りに気兼ねなく好きな格好が出来るのは、中学生の頃の「ブスが色気づきやがって」のおかげなんじゃないかと。

顔色伺って地味にしていても、4年前の40歳までいつでも何処でも最底辺だったから、逆に怖いものが無いのよ。
むしろ好きな格好するようになってからのほうが妙な絡まれ方することが激減した。

でもたまにはいる。際立った美貌・実力・実績も無いのに目立つ格好することのリスクはわたしだって承知の上。

じゃあ何故やるかというと。
何よりもまず好きなもの身につけると気分いいし。
防御の役割も兼ねてる気がするし、上辺で判断する浅はかな人間を炙り出す絶好のツールでもあるから。なーんだいいこと尽くし。

そういう人はね、人目を気にして自分をそこそこ抑えて集団内で空気読んでうまく立ち回ることができる人。
その代わり、やりたくても出来ないことが増える。それは集団で無難にやっていくための保険料みたいなものという自覚が薄いと、わたしのように一見好きにやっている「ように見える」人が癪にさわる。

無難に立ち回ることが出来るのも立派な才能。
そういう人の中には、表面しか見ないのもいる。それで充分生きてこられたから。
自分の身を守る為に、集団内で立場の悪くなった人には手のひら返さざるを得ない。

その代わり、いざ自分が「個」として好きなことをしていきたい時に全部跳ね返ってくる。
今までそう見える人を無自覚に妬んできたから、自分が振り切ってやりきることが難しくなる。
そこで同類同士傷を舐め合い留まり続けるか、一時的に孤独になっても振り切って貫き通すかは、その人自身の問題。

だからわたしの人生には何の関係も無いこと。
そんな人のご機嫌を伺う意味などまるで無い。そう言い切れて、振り切れるのは、今までの経験のおかげ。

どんな経験でも、本当に無駄はひとつも無い。ああ清々しい。近頃ますますそう思う。

Commented by ひまり at 2017-09-07 04:53 x
私もアトピー経験があって、嫌な思いをしたことがあるので、わかります。

それと、ここで報告というのもアレなのですが、何故かFacebookにログイン出来なくなってしまいました。アカウントは残ってるのですが、友人いわく、私のページが消えてしまってるとのことです。(^^;)

セキュリティチェックというものに、弾かれてしまってログイン出来ないんです(^^;)新しくアカウントとればいいのですが、また同じことになると嫌なので……

 問題解決次第、また申請させて下さい。宜しくお願い致します。
Commented by yuusfuru at 2017-09-08 00:58
コメントありがとうございます!
FBアカウント、わたしもヒヤリとしたことあります。
こわいこわーーい( ゚Д゚)
解決次第、ぜひぜひ申請ください!
by yuusfuru | 2017-09-01 22:39 | 考えていること | Comments(2)